中国主婦の日本生活

歳月蹉跎(足它)総是夢   世事浮華皆成空    ――我在天涯
幸福感は豊かさに比例しない
 私が来日してから十五年以上経った。
 中国の大学を出て、研究所に勤め、毎日をのんびりと過ごしていた。大学を出てから三年後に結婚し、更にその二年後に長男を出産した。働きながら子育てに奮闘していた頃、日本に来るチャンスがあり、夫が来日した。その一年後、私は二歳の長男を残して日本に来た。常に変化を求めながら、私達はここまで頑張ってきた。確かに十五年間の変化は大きかった。日本のバブル崩壊と同時に来日した私が辿った道は、日本の景気後退とは逆だった。
 振り返ってみると、確かに頑張った甲斐があった、成果は大きかった。しかし幸福感は、生活の豊かさに比例していないことに気がついた。
 そして、人間って、こんなに頑張らなくてもいいじゃないか、こんなに走らなくてもいいじゃないか。社会も常に成長しなくてもいいじゃないか、ある時点でそのままでもいいじゃないかと思う。
 これからは、ゆとりを持って生きていこうと思う。

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# by Capricornlio | 2008-12-31 16:51 | 私がここにいる理由
友達の詩   作詞作曲 中村中 歌手 中村中
触れるまでもなく先のことが
見えてしまうなんて
そんなつまらない恋を
随分続けてきたね

胸の痛み 治さないで
別の傷で隠すけど
簡単にばれてしまう
どこからか流れてしまう

手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい

寄り掛からなけりゃ
側に居れたの?
気にしていなければ
離れたけれど今さら今さら
無理だと気づく

笑われて馬鹿にされて
それでも憎めないなんて
自分だけ責めるなんて
いつまでも 情けないね

手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来

忘れた頃に もう一度会えたら
仲良くしてね

手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい

友達くらいが丁度 いい
――――――――――――

思わず涙を流してしまう、感動の唄です。
聞いてみてください。



歌词中译
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# by Capricornlio | 2007-06-15 15:00 | 日本発見
翼をください
【作詞】山上路夫
【作曲】村井邦彦

1.いま私の願いごとが
  かなうならば翼がほしい
  この背中に鳥のように
  白い翼つけてください

   この大空に翼をひろげ
   飛んで行きたいよ
   悲しみのない自由な空へ
   翼はためかせ
   行きたい

2.いま富とか名誉ならば
  いらないけど翼がほしい
  子どものとき夢みたこと
  今も同じ夢に見ている

   この大空に翼をひろげ
   飛んで行きたいよ
   悲しみのない自由な空へ
   翼はためかせ

    この大空に翼をひろげ
    飛んで行きたいよ
    悲しみのない自由な空へ
    翼はためかせ
    行きたい


歌词中译
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# by Capricornlio | 2007-06-15 13:58 | 日本歌曲
”クリスマスプレゼントに翼が欲しい!”
先日、テレビで「翼をください」という歌を聴いた。
親子ともとても気に入った。
あれ以来、次男は、毎日のように「翼が欲しい」と言うようになった。

ある日の朝、次男が起きるなり、
「今度のクリスマスに翼が欲しい」
と言い出した。

これには母も慌てた。
いくらサンタさんでもこれはきっと困る!

母:翼をもらったらどう使うの?
子:手につけて。
母:(背中じゃないのか、)手で動かして空を飛べると思う?
子:分らない。
母:そんなに簡単に空を飛べたら、飛行機を作るのに苦労しなかったよ。
子:そうね。そんなに簡単なら皆空を飛べるね。

こうして、母は、また一つ、我が子の夢を壊してしまったのだった。

その日の夜、学校の宿題で、嘘つき絵日記というものがあった。
子:どうしよう、嘘なんかつけないよ。
母:じゃ、サンタさんから翼をもらったと書けば?
子:そうね、そうしよう。

早速次男は嘘つき絵日記を書き始めた。
    青い空に、
    体よりも大きな翼を両手に付けている一人(自分のつもり)
    周りにふわふわな白い雲
気持ちよさそうに空を飛んでるんじゃないか。
絵の下には、
「僕はクリスマスイブに翼をくださいと紙に書いたら、サンタさんから本当に翼をもらった。、、、」

母の気持ちは少し楽になった。

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# by Capricornlio | 2007-06-08 17:07 | 我が子の足跡
教科書は毎日用意するようになった

ある日、「二年生になってから毎日疲れるよ」と、次男は言う。
「それはそうよ、毎日全部の教科書を背負ってるんだもん」
「僕は今、頭の中がいっぱいだから、全部の教科書を背負って行かないと忘れるよ」
そう言っている側で、私は床に置かれている国語の教科書を指差した。
「教科書、片付けてないよ」
「ほ~らね、言ったでしょう?頭の中がいっぱいだから、忘れ物するの」と、言いながら親子二人で笑っていた。

忘れ物が心配で、毎日全部の教科書を背負って行く、心配性の我が子らしい。
「もし忘れたらどうする?」と、私はよく聞かれる。
「忘れないよ」としか返す言葉がない。

先日、家庭訪問があって、先生にそれを話したら、
「ぜひ直して欲しい」と言われてしまった。(^^;)

その夜、教科書の話をしてみた。
その日から、文句なしに毎日翌日の教科書を用意するようになった。
と言っても、一年生の時と同じようになっただけなのだ。(^_^)

心配性の我が子には話は簡単だった。
「毎日全部の教科書を背負ってるんでしょう?」
「そうよ」
「三年生、四年生、五年生、、、になっていくと、教科書がどんどん増えるから、ランドセルに入れなくなるよ」
「そうね」
「そうなった時にやっぱり毎日教科書を整理しなきゃいけないでしょう?」
「うん」
「今からいい習慣をつけておいたほうが大きくなった時に楽になるよ」
「そうね」
これで納得したようだ。

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# by Capricornlio | 2007-05-18 11:37 | 我が子の足跡


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